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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1186号 判決

控訴人 原告 三枝団吉

訴訟代理人 田多井四郎治

被控訴人 被告 武藤まさじ 外七名

主文

原判決中、控訴人の請求を棄却した部分および訴訟費用に関する部分をつぎのとおり変更する。

控訴人にたいし、被控訴人まさじは金四千四百六十七円の三分の一、およびこれにたいする昭和二十八年七月二十五日から、右金員支払ずみまで年五分にあたる金員を、その余の被控訴人ら八名は金四千四百六十七円の三分の二、およびこれにたいする昭和二十八年七月二十五日から、右金員支払ずみまで、年五分にあたる金員を支払うべし。

控訴人その余の請求は棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて三分の二は控訴人、その余は被控訴人の各負担とする。

この判決は控訴人勝訴の部分にかぎりかりに執行することができる。

事実

控訴人は、原判決中控訴人敗訴の部分をとり消す、控訴人にたいし、被控訴人まさじは金三万五百三十五円の三分の一およびこれにたいする昭和二十八年七月一日から右金員支払ずみまで年五分にあたる金員を、その他の被控訴人らは金三万五百三十五円の三分の二およびこれにたいする昭和二十八年七月一日から右の金員支払ずみまで年五分にあたる金員を、それぞれ支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出認否援用は、原判決事実らん記載のほか、つぎのとおりである。

控訴人は、かりに昭和二十三年二月十九日控訴人、被控訴人ら先代間に賃貸借解除の合意が成立したとの控訴人の主張がみとめられないとしても、控訴人は本件訴をおこして土地の返還を求めたことによつて賃貸借解約の意思表示をしたものである、したがつて本件訴状が送達された日の翌日から一年をすぎた昭和二十九年七月二十四日賃貸借は終了したものである、被控訴人ら先代の死亡被控訴人らの相続はみとめると述べ、甲第十号証の一、二、三、甲第十一号証を提出し、当審における検証の結果、控訴人本人尋問の結果当審における鑑定人中村実成の鑑定の結果を援用した。

被控訴人らは、被控訴人ら先代義雅は昭和三十一年十月二日死亡し、その妻まさじおよびその子である他の被控訴人が相続した、被控訴人ら先代が伐つた竹は、被控訴人ら先代が本件土地占有中隣地からはいりこんできた竹の根(地下茎)から、はえたものを被控訴人先代がそのまま生育させたものである、と述べ、当審証人武藤清、同武藤伝市の証言を援用し、甲第十号証の一、二、三は郵便局の証明部分は成立をみとめるその余の部分は不知、甲第十一号証の真正にできたことはみとめると述べた。

理由

山梨県山梨郡牧丘町(旧諏訪町)室伏字玄洞一二三七番原野一畝十歩は、もと、被控訴人らの先代義雅の父虎蔵の所有であつたが、明治三十二年一月中控訴人先代重右衛門へ売りわたされ、相続によつて控訴人の所有となつたものであり、虎蔵は前記売買と同時にこれを控訴人先代から賃借して使用を続け、被控訴人ら先代は相続によつて右賃貸借関係を承継して土地の占有使用を続けてきたところ(以上は甲第五号証の記載、当審本人尋問における控訴人本人の供述および当事者双方の弁論の全趣旨によつてみとめられる)、昭和十三年四月二十八日甲府区裁判所における、控訴人と被控訴人ら先代との間に、本件土地その他二十筆の土地に関する争について、裁判上の和解が成立し、その和解で本件土地は他の二十筆の土地とともに、昭和二十二年十二月まで被控訴人ら先代に賃貸され、以後被控訴人ら先代がこれを占有使用して昭和二十二年になり(以上は当事者間に争のないところである)、同年十月二日本件土地について、自作農創設特別措置法による買収処分および売渡処分が行われ被控訴人ら先代に売り渡しとなつたが、昭和二十九年八月二十五日右売渡処分はとり消され(以上は被控訴人が主張し、控訴人は明らかに争うことをしないところであるから、控訴人において自白したものとみなす)、買収処分もとり消された(これは当事者双方の弁論の全趣旨から明らかである)。以上の次第で、被控訴人ら先代が本件地上の立木および竹を伐採したと控訴人の主張する時期には、本件土地は、前述買収処分および売渡処分のとり消しの効果として、被控訴人ら先代の所有ではなく、控訴人の所有であつたというわけである。

被控訴人ら先代が本件土地上の大きなヒノキ立木を(イ)昭和二十五年十月末ころに一本、(ロ)同年十二月末ころに、さらに、一本伐つたとの控訴人の主張にたいし、被控訴人らは、本件土地上の立木で被控訴人ら先代が伐つたのはスギの木一本だけであり、控訴人主張の(イ)のヒノキは本件土地上ではなく、隣地一二四二番の土地(当時被控訴人ら先代所有)にあつたものであると主張する。ところで、原審および当審検証の結果によつても、控訴人が前記(イ)の伐根と主張する伐根の存在する場所が、本件土地の範囲内であるか、となりの一二四二番の土地内であるかは明らかでなく、この場所が本件土地の範囲内であるとする原審証人三枝徃吉の証言および当審本人尋問における控訴人本人の供述は、どちらも、これという根拠を示さず、おいそれとは信用することができない。この伐根の所在が本件土地内であることを認めるにたりる証拠がないのであるから、他の点について判断するまでもなく、前記(イ)のヒノキ伐採を根拠とする控訴人の請求の理由のないことはすでに明らかだといわなければならない。

控訴人主張の(ロ)については、原審および当審証人武藤清、当審証人武藤伝市(尋問後相続によつて被控訴人の一人となつた)の証言、甲第四号証の記載によると、ヒノキではなくスギであつたとみとめられ、原審証人三枝徃吉の証言、当審における控訴人本人の供述中、右認定に反する部分は信用することができない。

被控訴人らは、本件土地上の立木は本件土地を被控訴人ら先々代から控訴人先代へ売りわたした際に売買から除外し、被控訴人ら先々代の所有に留保されたから、前述スギの立木は伐採当時被控訴人ら先代の所有であつたと主張し、当審証人武藤清、同武藤伝市はこれにそう趣旨の証言をするけれども(もつとも武藤清は原審証人としては、立木を売買から除外したかどうかは、はつきり知らない旨供述している)、立木は土地と一体をなせるもの、すなわちひとつの不動産の部分なのであり、土地売買の場合には地盤とともにその対象となることが通例であつて、立木を除外するは例外的な売買というべきところ、かような例外的な売買がなされたであろうと考えるにじゆうぶんな事情はうかがえないので、右証言はただちに信用することはできない。甲第五号証の記載もまた控訴人の主張をみとめるにたりない。

控訴人は、被控訴人ら先代の前記立木伐採は不法行為であると主張するけれども、前段説示のとおり、本件土地は、昭和二十二年中、自作農創設特別措置法によつて控訴人から買収され、被控訴人ら先代へ売りわたされたものであり、土地と一体をなせる立木が買収および売渡の処分の対象にふくまれることは通例であり、前記買収および売渡の処分において立木が除外されたことを認めるにたりる証拠はないから、(甲第二号証ではみとめられない)前記買収および売渡の処分はその後とり消されたけれどもとり消し前においては被控訴人ら先代は本件土地について所有権を有すると信じ、したがつて前記スギ立木についても所有権を有すると信ずるは当然で、同人がみずからの所有に属すると信じてスギを伐つたことについて、それが控訴人所有に属するを知り、もしくは知り得べかりしという関係は生じ得ないのである。本件土地についての買収計画が諏訪町農地委員会で、昭和二十五年十二月十五日とり消されたことは甲第三号証によつてみとめられるけれども、被控訴人ら先代が売渡処分とり消し前に知つたことをみとめ得べき証拠はない。したがつて、スギ立木伐採を控訴人にたいする不法行為であるとする控訴人の主張は採用することはできない。

しかし、前記のように買収および売渡の各処分はとり消された結果、被控訴人ら先代がどう思つていたかにかかわらず、その伐採当時、右スギ立木の所有権は控訴人に属したとみとめるべきことすでに前段の説示から明らかであるから、被控訴人ら先代はスギ立木を伐採してその価額相当の利益を得、控訴人は同額の損失をうけたことは明らかである。被控訴人ら先代のうけた利益が減少ないし全滅したことの主張も立証もない本件においては右利益は現存するものとするのほかはない。そして、当審鑑定人中村実成の鑑定の結果によると、右スギの価額は金四千四百六十七円とみとめられる。よつて被控訴人ら先代武藤義雅の相続人である被控訴人らはその相続分に応じて右金額およびこれにたいする本件訴訟が被控訴人ら先代に送達された日の翌日から右金員支払ずみまで年五分の遅延損害金を、その相続分に応じて支払うべき義務あるものである(武藤義雅の死亡、被控訴人ら相続のことは争がない)。

被控訴人ら先代が本件地上の竹を控訴人主張のころ伐り取つたことは、数量は別として、被控訴人らのみとめるところである。

この竹の伐採が不法行為となり得ないことは前にスギ立木伐採について説明したところによつておのずから明らかであるから重ねて説明することをはぶく。では、前のスギの場合のように被控訴人ら先代の不当利得となるかというに、竹は、スギ、ヒノキ、その他雑木にもせよ、立木が少くとも十数年ないし数十年にわたつて生育存立させる趣旨のものであるとはちがつて、はえてから一年ないし数年の間に伐り取つて利用すべき性質のものであることから考えると、竹林から伐り取る竹材は土地の果実とみるべきものと解するのが相当である。当審証人武藤清、被控訴人本人の各供述によると、被控訴人ら先代が伐り取つた竹材は、隣地から竹の根(地下茎)が本件土地へはいつてきて、それからはえた竹を育てて、できた竹林のそれであることがみとめられる。そして、前段に説明したように、被控訴人ら先代は、控訴人主張の竹を伐つた当時、本件土地の所有者であると信じていたものであり、民法第一八九条第一項にいう善意の占有者にあたるといわなければならない。したがつて、被控訴人ら先代は同条の適用によつて竹を伐採し竹材を取得する権利を有したものであつて、控訴人主張の竹の伐採によつて不当利得をするわけにはならないのである。控訴人の本件請求中、竹に関する部分もまた理由がないとしなければならない。

以上の次第で控訴人の本件の金員の請求中一部分は正当として認容すべきも他は理由がないので棄却するのほかない。よつて民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条第九二条第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 谷口茂栄 判事 浅沼武)

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